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執筆者の写真Fata.シャーロック

【1】Oh! Crazy Halloween!

【DAYS番外編】現代英国。ベーカー街221Bの下宿の住人である、ただのひ弱な医者志望の青年リーハ、殺し屋ホームズ、諜報員ロビンの三人は、ブラックな楽しみが詰まったハロウィンの訪れに朝から浮き足立っていた。

カボチャをくり抜いてランタンを作ったり、真面目に「真実とは何か」と議論をしたり、仮装をするのしないのと喧嘩をしたり、頭が良いのか悪いのか分からない騒ぎを繰り広げるのに余念がない。

挙句の果てには「毒塗りタフィーを誰が食べるのか?」という危険なゲームまで始めてしまう。

クレイジーな殺し屋たちと共に魔の日を祝う凡人のリーハは、突如襲い掛かる死の手から無事に逃れることが出来るのだろうか? ——Watch out, Halloween is a dangerous festival!!





 

 ◆Good morning!


 ジジジジジ、と目覚ましが鳴る。気持ち良い夢の世界から引きずり出された僕は、ややいらだちながらその冷たいベルを叩き押した。そして訪れる静寂。けれどその瞬間、凄く大事なことが頭をよぎった。


 そうだ、今日はハロウィンだ! 


 たちまち冷たい現実は、夢の世界に早変わり。僕は「ヤッホー」と雄叫びを上げてベットから飛び降りた。

 こうも心が浮き立つのは何でだろう。十九歳の僕には「Trick or Treat!」って言いながら仮装して街を練り歩くことなんてもう出来ないし(まぁやろうと思えば出来るんだろうけど、僕はちょっと恥ずかしいかな)、ハロウィンだろうが何だろうが普通の日と変わりないのにね。


 僕は急いで着替えると、鼻歌混じりに部屋を出た。スキップしながら廊下を進み、二階の洗面所へ降りて、冷たい水に「ひええ」と悲鳴を上げながら顔を洗った。

 気分がスッキリした所で、僕はまた階段を降りて行く。途中の窓から見下ろすロンドンの街は、何やら湿っていて雪が降りそうな気配。雲に覆われて白っぽい太陽の光は、よく磨かれた床を優しく照らしていた。


 僕がこのベーカー街221Bの下宿「サンクチュアリ」に越してきてから、もう数週間が経つ。

 僕はそれまで、ウエストミンスター高校の寮に暮らしていた。大好きな伯父さんのような立派な医者になりたくて勉強を頑張っていたのだけど、肝心の大学受験を失敗してしまって、【リーハ・H・マフィー殿 今後のご活躍をお祈りしています】なんていう悲しいメールが沢山届いた。

 つまり、人生行路が狂ったんだ。個性が強すぎる母さんに「やっぱり医者になることはアンタに向いてないのよ。私と一緒にカルフォルニアへ行って、野菜栽培の勉強をしましょ!!」と言葉でどつかれ、勝手に引っ越しも決められ、危うく僕は自分を見失うところだった。

 

 だけどそうならなかったのは、幼なじみのマイクがこの下宿を紹介してくれたからだ。 

 彼が協力してくれたおかげで、僕は母さんや望みもしない生活から逃れることが出来た。ここは家賃も安いし、賄いはつくし、部屋は綺麗だしで本当に言うことがない。

 大家のユウミさんは美人でいつも優しい。料理も美味しい。僕は出会った瞬間に一目惚れをしてしまった……。まだ告白もしていないけれど、幸せだ。恋した人と同じ屋根の下で暮らせるから。

 

 下宿仲間《フラット・メイト》にも恵まれた――と思う。うん。

 一人は、「ごく普通の画家だ」と言い張る変人だ。

 もう一人は「何処にでもいる探偵だ」と言い張る変人だ。

 あれっ……ダメだ、それ以上の紹介の仕方が思いつかない。おかしいな、僕はひょっとして恵まれなかった?

 それはともかく、彼らは仲が悪いらしくて、いつも殺し合いレベルの喧嘩をしている。でもまぁ僕には親切な方だ。一々振り回されるけど、まぁ良いさ……うん……。







 一階へ降りて行くと、居間の暖炉にはもう赤々と火が燃えていた。

 僕はそのすぐそばにある、ベージュ色のブランケットが掛かった暖かそうなカウチに座ろうと思った。階段や玄関はひんやりしてとても寒かったから、早くホッとしたかったんだ。

 ところが部屋に入るなり、何か丸いものにつまづいて転びそうになった。


 危ないな、何だろう……。


 立ち止まって足元を見ると、絨毯の上には目や口のある小さなカボチャがゴロゴロ転がっていた。しかも一個や二個じゃなくて、たくさん。多分四十個くらいはある。赤茶色の絨毯はすっかりそれに隠されて、居間は一面オレンジ色だった。




 何だこりゃあ……。僕が絶句していると、後ろから不意に「ハリー」と肩を叩かれた。

 ひょいと振り返ると、見えた。艶やかな黒髪、火星のように鈍く輝く赤褐色の瞳。コウモリみたいに上から下まで真っ黒な服を着た人が。長身痩躯で無駄にイケメンな探偵であり、僕の下宿仲間《フラット・メイト》である、シャーロック・ホームズさんだ。

 ホームズさんはウィンクまでしながら、渋い声で「Good morning and happy Halloween」と決めて来た。何でこんなに上機嫌なの、この人。


「あー……おはようございます」僕は若干引きながら言った。

「あとハッピー・ハロウィンですね」

「そうだ。いい朝だな。お前さんはこのカボチャをどう思う」

「カボチャ? 凄くいっぱいありますよね」

「それは見りゃ分かるだろ」

「まぁそうですけど。それより、」と僕は言葉を切って、「僕の名前はリーハですよ、ホームズさん」と言った。


 もういい加減にして欲しいと思ったのだ。ホームズさんはいつも僕を「ハリー」って呼ぶけど、それは某魔法使いの名だからね……。

 幼なじみのマイクに「ジョン」って呼ばれるのもちょっと嫌なのに(だってこの名前は、僕が昔飼っていた犬の名前なんだ。酷いよね?「リーハはジョンに顔が似てたからさ〜」ってのがマイクの言い分。呼ばれる度に僕は、自分が人間じゃないような変な気分になる)、あだ名でもない名前で呼ばれ続けるのはますます変な気分。


 しかし僕の言葉に一転してホームズさんは不機嫌になり、「もうハリーでいいだろ」と面倒くさそうに言う。


「良くないです。それは僕の名前じゃないので」

「駄目なのか」


 僕は「はあ……」とわざと大きくため息をついて見せた。これくらい大げさに不快感を示さないと、ホームズさんは一生僕の名前を覚えてくれないと思う。

 そしたらホームズさんはしばらく黙っていた。五分くらいして、ようやく「分かった」と頷いた。


「別の名を考えておく」


 おい!!


 そうじゃないだろと僕は頭を抱えたけれど、ホームズさんは「もう話は終わり」と言うように、僕が座りたかったカウチに腰を下ろした。そして懐からおもむろに幾つかのカボチャを取り出すと、ポケットから出した折り畳み式ナイフで分厚い皮をくり抜き始める。

 ただのカボチャがどんどん目鼻のあるものに変わって行くのを見て、「えっ」と僕は驚いた。


「あれ、このハロウィンカボチャはホームズさんが作ったんですか?」

「そうだ。綺麗だろう。お前さんにも一つやる」

「え、良いんですか?」


 絨毯の上のカボチャたちをよく見ると、面白いことに一つ一つ違った表情をしている。泣いていたり笑っていたり。怒っている顔のものやビックリした顔のものもある。ちなみに全部、ヘタの部分にも切り込みが入っていて蓋みたいになっている。これ、中身がくりぬかれてがらんどうになっているから、小さいロウソクとかお菓子も入れられるんじゃないかな。凄いや。さっきこれをどう思うと聞かれたとき、「それより」って邪険に扱って悪かったなあ……。


 僕は絨毯の真ん中辺りに転がっていた、あんまり怖くない、優しい微笑みのカボチャをもらうことにした。両手で包み込めるちょうど良い大きさで、ほんわり暖かくて、何だかとても嬉しい。


「ありがとうございます。全部顔がかわいくて素敵です。ホームズさんは凄く器用ですね」

「まあな」視線を手元に落としたまま、ホームズさんは口だけでニヤッと笑った。


 でも、ちょっと意外だなあ。ホームズさんがこんなことをするなんて。


「俺は昔からハロウィンが好きでな」と、ホームズさんはオレンジ色のワタをくずかごに落としながら言った。

「早くこの日が来ないかといつも思っていた」

「お菓子がもらえるからですか?」

「菓子か」ホームズさんは鼻で笑った。

「菓子など関係ない。俺は逆に、菓子など要らないと思っていた。悪霊どもはそれを賄賂だと勝手に考えて、あの世へ帰ってしまうかも知れないからな。それだと困る」

「ど、どういう意味です?」


 ちょっと待て。急に話が分からなくなったぞ……。


「何だ、知らないのか。『Halloween《ハロウィン》』は『All hollow evening《万聖節の前夜》』が訛ったものだ。万聖節は聖人を崇敬する祝日だが、あの世とこの世の境が薄くなる日でもあるから聖人どころか死者や悪霊もやって来る。悪霊どもは土地や家屋を荒らしたり子供をさらったり人の気を違わせたり、悪行の限りを尽くしていたらしい。それらを退けて平和な万聖節を迎えようと菓子を渡してあの世へ帰ってくれと頼んだのが、ハロウィンに菓子を配る風習の由来だ。ちなみに、」

「あ、あの……それは分かるんです」


 ホームズさんの話は、放っておいたら永遠に続きそうだった。でも僕が聞きたいのはそれじゃない。ハロウィンの由来ぐらい知ってるよ。知らなきゃWikipediaでも調べられるし。


 僕は手を振って話を遮り、「ホームズさんは悪霊に帰ってほしくなかったんですか?」と聞いた。


「まあな。奴らが本当に存在するのなら、会って頼み事をしたいと思っていた」

「どうして。怖いじゃないですか」

「怖い?」ホームズさんはまた鼻で笑って僕を馬鹿にする。

「だって普通はそう思うでしょう」

「俺は違う」

「えっ?」


 一瞬、窓からの光が萎えて部屋が陰り、暖炉の傍だというのに空気が冷えた気がした。ホームズさんはカボチャにナイフを突き刺しながら、まるで地底から響いてくるような低い声で言った。


「俺にはどうしても殺したい人間がいてな……」

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