【6】Oh! Crazy Halloween!
◆男なら笑って死体を始末しろ
「あー、どうしようかね。瀕死だよマフィン君」
「自分の捲いた種だろ。どんな結果になっても文句は言えない」
「それは僕に言っているのかい、自分に言っているのかい、それともマフィン君にかい?」
「俺はハリーに言ったつもりだが。一応確認するが、俺たちはタフィーのことをはっきり『毒塗り』と言っていたよな?」
「言ってたよ。マフィン君は毒を何だと勘違いしたんだろうね」
「本日のクレイジー大賞はハリーで決まりだな」
シャーロックとロビンは一様に溜息をついた。
実はこの二人、「我らは探偵・画家でござい」と何食わぬ顔をしてこの下宿に収まっているが、その正体は他でもない英国《アイリッシュ》マフィアの殺し屋とMI6の秘密諜報員《エージェント》なのである。それも、同業者らの追従を決して許さぬほどに優れた技術と溢れんばかりの才気と悪霊顔負けの狂気を纏った男たちなのだ。
そんな彼らが、ごく普通の青年リーハと共にこの下宿に暮らしているのは、世界中で殺し屋や諜報員ばかりが殺害されるという奇妙な事件が多発しているためである。彼らの上司はその真相を突き止めよと海外に赴任していたシャーロックたちをここ英国に呼び戻し、それぞれが偶然にこの下宿を活動拠点に定めた。
ロビンとシャーロックはかねてから犬猿の仲であったため、バッティングに気づいた当初はかなり荒れた。しかし最近は互いの存在に慣れ、落ち着いて来ている。
一方、不運なリーハは彼らの正体に気づいていない。
いや、変人だとは思っている。何なら「殺し屋みたいだな」とも思っている。だが、「まさかまさかそんなはずはない」と勝手に納得してしまうから、こんな風に騒ぎに巻き込まれ……いや飛び込む羽目になっている。
「おい、ロビン。解毒剤を出せ」
「勘弁してよ。これは君のために作ったやつだぜ」
「恩着せがましいな。それがどうした」
「解毒剤なんてあるわけないだろう」
「このクズ野郎」
二人はもちろん、本物の毒を塗ったタフィーで勝負をしていたのである。あと一回、あと一回の勝負で結果は出た。二人とも、死ぬのは自分か相手かというつもりだったから、この結末は大番狂わせだと言うしかない。
……何故一般人のいる中でそんな危険な遊びをしたのかとは聞かないで欲しい。この二人は常識という枠を壊して回る、クレイジーな人種なのである。
「でも、毒が当たったにしては効きが早すぎる。本当は十分くらいかけてゆっくり胃液に溶かされて、それから三十分くらい死んだ方がマシだっていう激痛で七転八倒するように作ってあるんだよ。だからマフィン君は毒じゃなくて、タフィー本体で窒息しかけているんだと思う」
「そうだろうな。弱いがまだ息もある。放っとけば毒で死ぬが、今ならまだ介抱次第で回復するだろう」
「じゃあ、掃除機を持って来よう。喉のタフィーを吸い出さないと」
当たり前だが、二人に「リーハを病院へ送る」という選択はない。もしも公共の場でタフィーの毒物を検出されたら、警察やら逮捕やらとえらい騒ぎになるからだ。殺人事件の調査どころではなくなってしまう。
しかしマフィアやMI6という立派な後ろ立ては、今回に限り意味がない。上司に手助けを求めたとしても、「自業自得」と言われるに決まっているからだ。何とか自分たちの手の中でことを収めるしかない。
さてロビンは玄関へ向かったが、五秒もしない内に戻って来た。
「困ったな、掃除機が見当たらない。君はある場所知ってる?」
「知るわけないだろ。どんな形かも知らん」
「知らないって、毎日ユウミさんが使ってるし、何かの時にはマフィン君も使ってたじゃないか」
「無駄な情報はその日の内に削除することに決めている」
「あっそ。まぁどんな形だったかは僕も覚えていないけど」
「ハリーが起きていればハリーに探させるんだがな」
とぼけた二人である。
「階段脇にないなら、ユウミさんの自室周辺か二階の洗面所付近が怪しい。探して来い」
「嫌だね。君の指図は受けない。僕を動かせるのはMI6の長官と英国女王だけだ。未来永劫ね」
「掃除機のない未来は悲惨だぞ。何せハリーが死ぬからな」
「知ってる。マフィン君が可哀想だから君もお供してあげてよ。ていうか、君が探しに行け」
「俺はマイクロフトの命令しか聞かん」
ふざけた二人である。
「よし、じゃあ妥協案だ。掃除機を探さなくて済むような別の方法を見つけよう」
「喉を裂いて取り出すか」
「君にそんな外科手術が出来るのかい」
「分からんが、やってみる価値はある」
「トドメを刺すだけなんじゃ」
「どうだろうな。確かに俺は致命傷しか与えたことがない」
「うん、やめようか」
二人はまた長いため息をついた。
もうアウトである。掃除機を探すという選択を棄てた時点で薄々感じていたことだが、喉を裂くにしろ、しないにしろ、多分もうリーハは死ぬ。同じ死ぬなら、周囲を血塗れにするような悪あがきはしない方が良い。リーハと同じく二人の正体を知らない心優しき大家のユウミを、悪戯に困惑させるだけだからだ。
「悲しむべきと分かっているのに、なかなか涙が出て来ない」とロビンが言った。
「どうやら僕は冷たい人間らしい」
「今更だろ」シャーロックは呆れ声で呟いた。
「ま、こんな時に義兄《イカれポンチ》のマイクロフトがよく言うセリフがある。『女なら死んだ者のために涙を流してもいい。だが男なら、笑って死体を始末しろ』」
「さすが君のお義兄さんだ。言うことが違うね」
「因みにマイクロフトは、ドーバー海峡に死体を沈めるのを好む」
「へえ、どうしてだい? ビルの土台に埋め込むっていう方法もあるじゃないか」
「裏切り者を沈めた後に見る朝日や体に浴びる潮風は、最高に心地良いんだと」
「いい趣味してるね。僕もそれにあやかろうかな」
「そうしろ。俺も後からレストレンジと一緒に駆けつける」
レストレンジとは、シャーロックの正体(殺し屋であること)を知らずによく事件調査を頼みにくる、人の良いレストレード警部のことである。
「パトカーだから意外に早く着くかも知れん」
「あ、やっぱり別の場所に始末するよ。て言うか、君にも責任あるんだよ。何僕一人に全部押し付けようとしてんの」
腹を立てたロビンがシャーロックに目潰しを仕掛けた時、不意に玄関の重い扉が開く音がした。涼やかに鳴るウインドウ・チャイムが、大家ユウミの帰宅を告げている。二人はにわかに慌て始めた。
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