知恵の輪あれこれ
更新日:9月30日
リーハの親友マイクは衝動買いの常習犯。
モール爺さん、机クリーナー、天気予報グラス……そんな変なおもちゃを買うだけ買ってリーハに譲る。
リーハはおもちゃ達がすぐに飽きられるのが可哀想で、供養のつもりで遊ぶのが常となっている。
今回もらったのは四つの金属ピースからなる「知恵の輪」。
けれどモノがモノだけに、自称「天才」のシャーロックやロビンまで興味を持ちだして……?
サンクチュアリの三人がお馴染みの大騒ぎを繰り広げるお馬鹿なお話。
僕の友人マイクは、雑貨店に行くといつも変なおもちゃを買って来る。
モールの体にやや不気味なお爺さんの顔がついたクリスマスの飾り物とか、机の上の消しカスを集めてくれる車型のクリーナーとか。ゆで卵のゆで加減が色の変化で見て分かる偽物の卵や、東洋の煙管《キセル》のような容器に入った水が、上に向かって伸びる細い管を昇るか下がるかで雲行きが分かる「晴雨予報グラス」っていうのもあったっけ。
けれどマイクはすぐに飽きて捨てようとするから、いつも僕が引き取る羽目になる。だってもったいないじゃん。買ってすぐじゃあさ。せめてもう少し使ってあげないと。
そんなこんなで、今日もマイクにもらったものがあった。金色と銀色の複雑な形をした四つの金属ピースが組み合わさった「知恵の輪」だ。
「これさ、店に置いてあった『知恵の輪』シリーズの中でもかなりレベルが高いやつなんだよ」とマイク。
「めちゃめちゃ難しいから、リーハもまあやってみろって」
「マイクは外せたの?」
「そりゃ何回かはね……。でも何で外れたのかイマイチ分からないんだよな。戻すのはお爺ちゃんにやってもらった」
そう言ってマイクは肩をすくめていた。好奇心や探究心よりも飽きと疲れが優って嫌になったということだった。
けれど、いざ見せてもらった実物は結構シンプルな作りだったから、僕は拍子抜けした。
金属で出来た四つのピースは、それぞれしっかり交互に組み合わさって一つの正方形になっている。でも動く。対角を掴んで外側に引っ張ると、真ん中に少し隙間が開いて四角い輪になるんだ。
何だかとても簡単そうだ。「動かせる」ということはそれ自体がイコール「外すためのヒント」っていうことだと思う。力加減を変えたり、捻ったりすれば外せるだろう……。
そう思って僕は居間の暖炉脇にあるカウチに陣取って、カチャカチャやっていた。——三十分も。
何で外れないんだよ!!
供養のつもりで遊び始めたのに、なかなか遊び終わらない。どれだけ真剣になってもダメだ。引っ張って戻して、角度を変えてまた引っ張って……カチャカチャカチャカチャ、金属音がいい加減耳につく。力ずくでもどうにもならない。何なんだ、本当に疲れたよ!! 何だか人生を無駄にしている気がして腹が立ってくる!!
知恵の輪を暖炉に放り込みたくなる気持ちを抑えつつ、僕は呻き声をあげてカウチにひっくり返った。そしてギョッ。仰向けになってすぐ目に入ったのは、天井ではなく僕を見下ろしているホームズさんの顔だった。
「ずいぶん手間取ってるな」
ホームズさんはニヤリと口角を上げた。いつもは冷徹なだけの火星のような瞳も、何だか愉快そうに輝いている。ホームズさんは難事件を好んで求め解決しに行く探偵だから、こういう頭を使うおもちゃも好きなのかも知れない。
しかし、いつ後ろにいたんだ。知恵の輪に夢中になっていたからとは言え、何の物音も気配もしなかったぞ。
「お前さんがそいつで遊び始めた時からだ」
質問もしていないのにホームズさんは答えた。怖すぎる。
しかも「貸してみろ」と、ホームズさんは僕がうんともすんとも言わない内に知恵の輪をさらって行った。
暖炉の炎のパチパチいう音に混ざって、静かな部屋に金属音が響く。
ホームズさんはまず知恵の輪を手の平でこねくり回した。引っ張ったりひっくり返したり、振ったり。五秒くらいで素早く色々なことをした。
それから一つのピースの上辺部を片手でつまみ、黙って小刻みに振る。カチャカチャ、カチャカチャ……。うーん、振るだけなの? そんなんで外れるのかな?
でも、僕がカウチに座り直した時だった。四つのピースは突然バラバラになり、ホームズさんのもう一つの手の中に落ちた。十秒もかからなかったと思う。
「凄い! もう外れたんですか?! 一体どうやって!」
「簡単なことだ。これを見てみろハリー」
「僕はリーハ・マフィーですけど……」
ホームズさんは僕の声を無視して銀色のピースを拾い上げ、その裏側——他のピースと重なり見えなくなっていた部分——を指差した。
「ピースには内側に動くピンがついている」
「動くピン?」
「ああ。この知恵の輪にはピースを組み合わせるための凹凸部分に仕掛けがあるんだ。このピンは下に向けるとピン自体の重みで穴から出て、上に向けると引っ込む。角度次第で凸が凹になり凹が凸になるということだ。分かるな?」
ホームズさんは何度もピースをひっくり返して見せてくれた。なるほど、確かにピースの角度でピンが出たり引っ込んだりしている。
「この仕掛けが全部のピースについてるんですか?」
「そうだ」ホームズさんは頷いた。
「うわあ……それじゃ大変ですね。なかなか外れないわけだ」僕は舌を巻いた。
改めて説明すると、この知恵の輪は四つのピースが交互に組み合わさって出来ている。つまり、一つのピースのピンが引っ込んでいる穴(凹)に他のピースの飛び出ているピン(凸)がはまっている状態が二通り(凹凸凹凸)あるわけだ。
ピンはそれ自体の重みで動くということだから、知恵の輪をひっくり返しもっくり返しするのは全くの無駄。重力が敵なわけだからね。外すためには全てのピースのピンが穴に引っ込んでいる状態(凹凹凹凹)を作らなきゃいけない。
そうか、だからホームズさんは知恵の輪を縦にして振っていたのか! 振動で少しずつ全てのピンを穴に引っ込ませるために!
「ちなみに、戻す時は四つのピースを同時に嵌め込む必要がある」
「同時に? 難しくないですか?」
「コツが分かればそれほどでもない。外す時と同じくピンの状態に注意しながらやればいい」
ホームズさんは言いながら、あっさりとバラバラになったピースを組み合わせてしまった。
「おお……」
僕は感嘆した。こんなにもサラリと一度で攻略してしまうなんて凄い。
「よく観察をすることだ。何処かの画家がよく言うように、物事には幾つもの側面がある。花の絵が描きたいと思ったらその花の質感、色、光の加減、全てに留意しなければならない。焦らず、先入観を持たず、冷静に情報を集めることだ。俺はこの輪を掴んで振った時、仕掛けに気づいた。ピースの内部で微かな音がしていたからな」
「なるほど……。さすがホームズさん。勉強になりました」
僕は何も考えずに動かせる部分を動かしていたからな。しかも最後は力任せに外そうとしていたし。そうか、まずは観察しなきゃなんだね。
頭をかいていると、「お前さんもやってみろ」とホームズさんが知恵の輪を投げて返してくれた……のだが、空中に弧を描いたそれは僕の両手の中に落ちる直前、横合いからサッと伸びて来た手に奪われてしまった。
「楽しそうだね、僕にもやらせてよ」
えっ、と驚きながら快活な声がする方を振り返ると、プラチナ色の見事な髪と海のような青い瞳に暖炉の炎を照り映えさせて、ロビンさんが笑っていた。そして「びっくりした? 実は二十分くらい前からここにいたのさ。君たちの話も全部聞いていたよ」とか言って来る。
ホームズさんは「知っている」と素っ気なく答えたが、僕は呆れて言葉が出なかった。
全くもう、この人たちと来たら……。普通に足音立てて歩いて欲しい。あと僕のことを監視するのもやめて欲しい。怖いし嫌だ。
「知恵の輪って懐かしいよね。昔よく遊んだな」とロビンさんは言った。
「もうシャーロックにネタばらしされちゃってるけどさ、見ててごらん、マフィン君」
「僕はリーハ・マフィーですけど……」
「ああ、そんな名前だったっけ。まあいいや。僕はきっとシャーロックよりも早く外してみせるからね」
あ、早速喧嘩を売ったな……。しかも輝くようなウィンク付きで……。
「俺よりも早くだと?」案の定ホームズさんは食い付いて眉を寄せた。
「自信家だな」
「そうだよ」とロビンさんは誇らしげ。
「君は十秒ちょっとかかっていたね。でも僕は一瞬さ。ほら」
言うなりロビンさんは右手を野球選手のように振りかぶり、知恵の輪をぶん投げた。
ビューッ……! 輪は凶悪なスピードで居間を突っ切り、ダイニングの方へ飛んで行く。そして突然、空中でバーンと飛び散った。本当に一瞬でバラバラになった!
呆気に取られる僕の前でピースはゴンゴンと音を立てて壁に当たり、ドアに当たり、ゴロゴロ床に転がった。
「えっと……」
何と言ったら良いのか分からず、僕はしばらく口籠もっていた。
うん、知恵の輪はちゃんと外れた。問題は解決だ。でも、でもさ……これでいいんですかね……?
「もちろん」ロビンさんはピースを拾いながらドヤ顔で頷いた。
「知恵の輪は外すことを目的にしたおもちゃだ。つまり、外せれば何でも良いってことだよ」
「そうなんでしょうけど……」
「ダメだなあ、マフィン君。もっと頭を柔軟にしなきゃ。IQっていうのは、『何をどれだけ知っているか』ってことじゃないんだよ。知識量、読み書き、計算力記憶力集中力、そういうのを応用した幅広い解決能力の集合体のことを言うんだ。君は知恵の輪を『手で外すものだ』と思っているようだけど、それは何故だい?」
「何故って……知恵の輪はそうやって遊ぶものでしょう?」
「おやおや、誰もそんなことは言っていないよ。『飲み込んではいけません』『赤ちゃんの手の届くところにおいてはいけません』『本来の用途以外には使用しないでください』、注意事項と言えばそれくらいだ」
「それは、確かに……」
なるほど、外し方は僕が思っていたよりも自由なのかも知れない。目からウロコが落ちた気分だ。
「固定観念はね、何処かの探偵が言うように捨てるべきなんだ。何でもお行儀よく理詰めで考えれば良いってわけじゃない」ロビンさんは手の中でピースを弄びながら言った。
「それはともかく、やっぱり僕の勝ちだったね。ホームズ君」
その時だった。
「脳筋」
ホームズさんはたった一言で部屋を凍りつかせた。
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