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ハート家・危機一髪

更新日:1月27日



【注】この話は「恋はシュールなDestiny」本編の13話「レディには優しく?」の途中、バジルがパリの病院の待合室で紳士に「警察の素晴らしさ」を伝えようとして語ったもの。本編を読んでからでないと全く意味が分からないかも……





 ◆警察の素晴らしさを語る



  私はハート家の五年前の大騒動についてマルコスさんに話すことにした。あれは色々と衝撃的で、今でもはっきり覚えているから。


「私の姉さんはロックシンガーなので、まだ家にいた頃は毎日夜中まで凄い音でギターをかき鳴らしていたんです。それで、ある日とうとうご近所から『安眠妨害だ!』という苦情が来てしまって」

「その場を収めるのに警察が一役買ったという話か?」

「いえ。その後兄さんが『姉貴のエレキに難癖付けやがって! 俺だってずっと我慢してんだよ!』と憤慨して、庭の土を掘り返して作った大量の泥団子をご近所にぶつけ始めたんですよ」

「それを止めたのが警察か」

「違います。姉さんが『気持ちは嬉しいが、勝手なことすんなよ。アタシはいつだってロックで勝負するって決めてんだ。奴らの耳を調教してやろうって時にお前の助けは要らねえよ……っていうかお前ずっと我慢してたとか言いやがったな死ね!』と怒ってギターを木刀に持ち替えて……」


 私が二階のベランダからそわそわと見守る中、兄さんは姉さんの風のような一突きをギリギリの所で躱し、我が家の芝生をゴロゴロ転がった。起き上がった時には全身土で真っ黒け、いつも綺麗に頭の後ろで束ねている薄黒の髪さえ泥まみれでぐしゃぐしゃ、しかも興奮のせいか目だけが白く光って見え、まるで宵闇から抜け出したお化けのようだった。


「調教? 調教だと?」兄さんは引きつったような笑い声を上げた。

「姉貴が調教の何を知っているんだ? エロの欠片もねえ雑言を俺に浴びせやがって。世界のドMを舐めてんだろ。半端なハートのクイーンがよ!」

「は、お前がドM? 違うね、お前はそんなロックな奴じゃねえわ」


 紅蓮の髪を折から吹き出した風に靡かせ、黒のタンクトップにジーンズ姿の姉さんは木刀をビュッと振り回した。小石混じりの泥団子を掴む兄さんに向かって。


「本物のドMはな、舐められる前に舐めてんだよ! 例えばアタシの靴とかな!!」

「誰が舐めるかビーーッチ! Mにも選ぶ権利はあるんだよ!!」


 次の瞬間、まるでラグビーの試合のように庭の西と東から二人はぶつかり合った。その火花の散るような猛烈な当たりに姉さんの木刀は真ん中でポッキリ折れて吹っ飛んだ。兄さんはすぐさまそれを拾い、片手で泥団子を投げながら振り回す。姉さんも負けじと応戦する。

 おかげでご近所どころか我が家の壁までまっ茶々になって行った。もうもうと立ち上った土煙の中でガシャン!バン!と何かが壊れる音も響く。更に庭の水道ホースに穴が開いて、水がスプリンクラーのように勢いよく噴き出した。

 ご近所さんもこれには驚いたり怒ったり。飛び出して来て二人のバトルを止めようとするものの、騒ぎは大きくなるばかりでどうしようもない。


「とっとと逝きやがれ、このクソ姉貴が!!」

「ママー、アタシ弟殺しちまいそうだよ!!」(バンド「QUEEN」の「 Bohemian Rhapsody」のノリで)

 

 しかもその時、何週間もリヨンで徹夜仕事に明け暮れていた父さんが帰って来た。

 父さんは猛烈な疲労感と寝不足で既に何が何だか分からない状態にあった上に、車を庭に乗り入れた瞬間、小石で全ての窓を割られたり泥水を浴びせられたりして我を失った。


「てめーーらナニしやガルーーーーーーッ!」


 呂律の回らない舌でそう叫んだかと思うと、車を急停止させるつもりで思いっきり、ブレーキではなくアクセルを踏んでしまったのだ。

 車は玄関先で揉み合う二人に向かって直進し、危うくハート家はXデーを迎える所だったけれど……間に合ったのだ。私の呼んだ警察が!





「父さんの元同僚のレストレード警部が運転するパトカーが、父さんの車の前に間一髪滑り込んだんです。二台とも横転して凄いことになりましたけど、運良く父さんも警部も無傷、誰も死なずに済みましたし、警部は発狂同然の姉さん達やご近所さんをもなだめてくださったので本当に助かりました」

「お前の家はコメディ劇場か」



【おしまい】

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