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執筆者の写真Fata.シャーロック

【5】Oh! Crazy Halloween!




◆毒塗りタフィーを食べるのは?


 それから僕は絨毯にごろり寝っ転がり、何を言われても返事をしないでいた。

 散々馬鹿にされて腹が立っていたのと、めちゃめちゃ疲れていたからだ。

 今はオレンジのカボチャたちだけが僕の癒やし。大家のユウミさんから得られる癒やしはまだ期待できないもの。ユウミさんはいつもこの時間に朝の散歩や買い出しに出掛けているからね。

 本当に、僕にはもうカボチャたちだけだ。君たちこそが、僕の目線で世界を見てくれる良き友人。……って寂しい人の言う台詞じゃん、これ。


 あーあ、こんなことなら、マイクの家にでも遊びに行くんだった……。

 後悔しながら、僕は絨毯の上をゴロゴロ転がる。まだ朝の十時だけど、約束もないのに押しかけられないよ。それに、今は口を聞くのもおっくうだ。とてもじゃないけど通りを歩くなんて無理。ロビンさんたちのせいで!


 そのロビンさんたちは今、掌からはみ出すくらいの大きさの長方形のお菓子を「やるだの食わないだの」で大騒ぎをしている。アホか。


「だってこれ、君が好きな蜂蜜入りのタフィーだよ。それも、普通以上にドライフルーツやアーモンドの種がたっぷり入ってる巨大サイズ。わざわざ探してきたんだぜ」

「要らん。悪霊が帰るだろ」

「今は君が悪霊じゃないか。馬鹿だね」

「そもそもの話、誰がお前の手元にあったものを喰うか。どうせ毒入りだ」

「毒なんて、入れてません」

「棒読みなんだよボケ」

「塗ってはいるけどさ」

「製造法を聞いたわけじゃねぇんだよ」

「仮装をするかこれを食べるか二つに一つ」

「そういうお前は腐るか朽ちるかどちらか選べ」

「仕方ないな、そんなに嫌なら僕が直々に毒味をしてあげるよ」

「おー、やれやれやってみろ。俺が毒の付着箇所を当ててやる」

「それいいね。それじゃまず、斜め上、右の角いきまーす」

「ダメだ、真ん中を喰え」

「真ん中いきまーす」

「待て。斜め下、左の角にしろ」

「斜め下、左の角いきまーす」


 あーあ、僕は何を聞かされてるんだろう。さっきまで「真実は探さなきゃ見つからない」とか「全てを疑え」とか、真面目に格好良いこと言ってた癖にぶち壊しだよ。尊敬してたのに最悪だ。



 だけどロビンさんたちは、この馬鹿っぽいゲームが最高に面白いらしい。

 ホームズさんは舌打ちまでして「外したか」と悔しがり、ロビンさんは「言っとくけど、チャンスはあと二回だけだからね」とドヤ顔で言っている。


『毒塗りタフィーをどっちが食べるかゲーム』なんて、やる意味あるのかな。だってさ、時間の無駄だよ。実際は毒なんてないんだからさ。僕だったら受け取って、さっさとタフィーを楽しむよ。美味しそうだし。

 ホームズさんは二回目も外した。でも今度は悔しがる様子はなく、ロビンさんと一緒にゲラゲラ笑っている。


「ずいぶん余裕だね、シャーロック。ここまで追い詰められたのに」

「追い詰めた? 誰が誰を追い詰めたって? おい、本当にそう思っているならお前は飛んだトンマだな」

「あーあ、負け犬の遠吠えが聞こえる」

「ナポレオンの言葉を知ってるか。『勝負は最後の五分で決する』との言葉だ」


 何言ってるんだろうな……。

 黙って聞いているのも疲れる気がして僕は立ち上がり、二人の周りに散乱しているゴミを拾い始めた。破れた紙袋とか。カボチャのわたとか。そしたらテーブルの上に、さっきまではなかったウイスキーの瓶があるのに気づいて引いた。こんな朝っぱらから飲んでるの……だからこんなに変なテンションなのか。でも何でどっちも顔が赤くならないんだよ。


 それはそうと、だ。僕はだんだんお腹が空いてきた。

 でも朝食になりそうなものはここにない。僕の部屋にもない。パンやチーズが食べたいと思ったら、スーパーに買いに行かなきゃいけない。この下宿の賄いは、昼と夜の二回だけだからだ。

 あーあ、「さっきのお菓子をもらっておけば良かった」なんて思っちゃうよ……。でもなあ、あんなに馬鹿にされたら受け取れないしなあ……。


 むせかえるほど気分が悪くなっている僕をよそに、ホームズさんたちはまだやいのやいの言っている。


「ゆっくり決めて良いからね。最後の一回は大事に使うものさ」

「ああ、その分お前の苦しみも長くなる。地獄に堕ちる気分はどうだ」

「それはこっちが聞きたいね。次を外したら君がこれを食べることになるんだから」

「喰わせてみろよ、ロビン」

「喰わせてあげるよ、シャーロック」


 二人は不敵な笑みを浮かべながら、互いの瞳に刺すような視線を送っている。

 もはや「本当に楽しいの?」っていうレベルで集中し、敵対している感じだ。少しずつ周りの空気も冷え、張り詰めて来る。


 やれやれ……。僕は呆れてその場を離れかけた。けれども、その時だ。まるで神様が僕の頭に直接言葉を差し込んで来たかのように、僕は突然ひらめいた。この空腹感を満たした上で、二人を見返してやることの出来る、超天才的なアイディアを。

 勝利の女神には後ろ髪がない――その言葉を思い出した僕は、慌てず騒がずためらわず、即座に行動に移した。何気ない仕草で二人のテーブルの真横につき、狙いをすませて右腕を伸ばし、実に自然な美しいまでの動きでタフィーをさらった。


 ロビンさんたちは「あっ」と叫んで立ち上がり、僕の手からタフィーを取り戻そうとした。でも僕の方が一瞬早い。はっはー、悔しいだろう……。僕は満面の笑みで巨大タフィーを丸ごと口に放り込んだ。


「ダメだよ、マフィン君!!」

「アホかお前は!!」


 さっきまでの憎たらしいような笑みは何処へやら、真っ青になるロビンさん。僕の胸ぐらをつかむほど、タフィーに未練があるらしいホームズさん。


 慌てる二人を見るのがこんなに楽しいとは思わなかった。僕は大笑いしそうになるのを堪えてもぐもぐ急いで噛み砕き、一気に呑み込んでしまう。

 ああ、「ゲームが成立している前提をぶち壊せばいい」なんて、本当に凄いことを考えたもんだ。ふふふ。天才だな僕は。


 だけど次の瞬間、僕は喉に張り裂けるほどの痛みを感じて、絨毯に突っ伏していた。

 痛い、痛過ぎる! 原因は多分、今呑み込んだタフィーだ。うっかりしてた! 

 タフィーは固いし、ネトネトベトベトしてるんだ。それを僕は一度に飲み込んだから欠片が喉でくっついて……!


 僕は絨毯の上で喉をかきむしった。ロビンさんたちが僕の腕を取ったり何か言ったりしてるけど、聞いてられないくらい苦しい。何で何で何で! しっかり噛み砕いたはずなのに! 

 ああ、タフィーなんか食べなきゃ良かった。いや、こんなに大きいタフィーをよく噛まずに呑み込んだのが悪いんだ。もっと慎重に食べれば! 

 いや、悪いのはロビンさんたちだ。皆が僕を馬鹿にするから。でも、仕返しをしようとした僕が一番いけないのかな……? 

 あれ、もう皆の顔がぼやけて来た。どうしよう、うわあ嫌だなこの黒い虫。このジンジン聞こえるのは何だろう。うるさいな、黙れ! あ、あっちいけ……

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