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執筆者の写真Fata.シャーロック

【8】Oh! Crazy Halloween!




◆この世には触れてはいけないものがある


「すぐに出るよ、シャーロック!」

「よし、と言いたい所だが、今からタクシーを呼ぶのか? 遅過ぎるだろ」


 ロビンはリーハを抱いたまま、息せき切って玄関ポーチを駆け抜ける。コンマ一秒の遅れもなくシャーロックが後に続く。二人の長脚が起こす風圧でポーチ横に置かれたプランターの草花がガサガサと音を立てた。


「それ本気で言ってるの? 僕の車を出すに決まってるじゃないか」

「は?」シャーロックは眉を顰める。

「お前の車はこの間スクラップにしたばかりだが」


 そう、確かにそういうことがあった。この下宿での突然の再会に腹を立てたシャーロックは以前、ロビンのMy Car(と言ってもMI6から貸し出された物)を自らの所属するマフィアの弟分達に盗ませ鉄屑工場に運ばせたのだ。嫌がらせもここまで来るといっそ清々しい。


「ああ、その節は世話になったね!」ロビンはイライラと答える。

「お陰さまで僕は大変だったよ。長官にゴネ倒してやっと今日、代わりのやつ貸してもらったんだ!」


 コスモスやダリアが咲き誇る花壇や鉢を避けつつ、二人は橙のレンガの壁沿いを駆け抜け、下宿裏に回った。猫の額ほどのちんまりした駐車場、アスファルトを引き剥がすような勢いでどっしり根を張るアカシアの木のその真下、マットブラックのランボルギーニが止まっている。揺れるアカシアの葉々の影に潜んでいる。色は地味だが、猛烈な存在感を放っていた。





「ほう、MI6は随分と景気が良いようだな! 次はどんな車を寄越すんだ?」

「言っとくけど、次やったら君は食肉工場行きだから。そのままマクドナルドのハンバーガーにでもなっちまえ。探偵の肉を喜ぶ奴はきっといるよ」

「返り討ちにされることも考えて物を言え。諜報員《エージェント》の肉を喜ぶ奴もきっといる」

「ハイハイ、そういう奴はコオロギでも喰ってりゃいいんだ。それはともかく、僕はランボなんて嫌なんだよ。無駄に派手でさ。これは車の美徳を勘違いしている金持ちのガキンチョが乗る車だよ。ブルース・ウェインとか」

「待て、訂正しろ。ブルース・ウェインはバットマンに変身するんだ。ただのガキじゃない。ランボルギーニを所有するのも平和のためだ」

「へえ。君はバットマンが好きなんだ。因みに僕はジョーカーが好きだよ。いやクソどうでも良いねこの話」

「お前が始めた話だろ。ま、そんなにこの車が嫌いなら、渋々『国民の血税が!』と騒いだ上で叩き壊してやる。ネット配信しながら」

「止めろ。それやったら絶交だからね。代車でも壊すとヤバいんだよ。長官はもう既に僕のことを動いたり喋ったりする物体にしか見ていないし、絶対クビだって言われる」

「それの何が悪い」

「へぇ、分からないんだ? 推理してご覧」


 束の間シャーロックの意識は精神の宇宙に飛んだ。



◆ロビンがMI6を首になる。

       ↓

◆MI6に恨みを持つ者は多い。フリーになったロビンは業界中から今以上の敵意と殺意を向けられるだろう。長官自らロビンを消しにかかるということもあり得る。何にせよ、今更一般人には戻れない。また日陰の職を探すことになる。

       ↓

◆認めたくはないがロビンの暗殺者としての才能は業界でも指折りだ。

Mr.頭脳《ブレイン》とあだ名される義兄マイクロフトがそれを見過ごすはずはない。百二十~千九百八十%の確率でロビンを組織にスカウトするだろう。

       ↓

【結果】コンビを組まされる。昼でも夜でも何処でも一緒。ふざけるな。死んでも嫌だ。

【疑問点】もう既にそうなっていないか?

 


 シャーロックは一頻り推論を終えたが、黙っていた。ロビンも何も言わない。危なかった。これは互いに触れてはいけない問題だった。


「シャーロック、鍵は木の下にある缶の中に入ってるから、取って開けてくれないかな。僕はマフィン君をトランクにしまう」

「缶だと? 諜報員《エージェント》の癖にずいぶん隙があるn」


 かつてはトマトソースが入っていたのであろう錆び付いた缶を覗き込んだシャーロックは、瞬時に思考を停止した。中には油虫やら百足やら、赤や黒のおぞましい虫達が数え切れぬほど蠢いている。ざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわ……見ているだけで皮膚がむず痒くなって来る。


 シャーロックは特に虫嫌いではなかったが、この缶に触れることは嫌だと思った。手を突っ込むのはもっと嫌だった。そうするくらいなら、日頃から仲の悪い義兄マイクロフトに「ありがとう」「尊敬します」「ごめんなさい」を百篇言う方がまだマシである。

 いや、命をかけての仕事の中での遭遇なら、まだ何とかしようと思えた。だが今は火遊びの後片付けをしようとしているだけである。俺がここで奮闘する必要はどこにも……


「何ぼーっとしてんだよ? 早くしてくれよ!」


 車の後ろでロビンが怒鳴った。青白い顔をしたリーハの上体は、その全く気持ちの入っていないお姫様抱っこのせいでゆらゆらと危なげに揺れている。

 早く、とは言ったがリーハのことは諦めているのでもう急いでいない。だがユウミがいない今の内に面倒ごとは全て終わらせたいとロビンは急かしているのである。まぁ、吸血鬼姿の男が血の気のない青年を抱えているというのは、ハロウィンらしいシュールな光景だ。

 シャーロックは一瞬色々と考えて、下宿の前庭に向かった。そして電動草刈り機を抱えて戻って来た。

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