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執筆者の写真Fata.シャーロック

【2】Oh! Crazy Halloween!




◆吸血鬼が現れて「誘導」の話になる


 嘘とも思えない言葉。雰囲気。僕は絶句した。どうしよう、何て答えたら良いのか分からない……。


 のけぞっていたその時、不意に玄関ホールから「おやおや、シャーロック」と朗らかな声が聞こえて来た。直後に居間の扉が開き、両手に沢山の紙袋を持った、僕のもう一人の下宿仲間《フラット・メイト》が現れた。輝くようなプラチナブロンドに、海のような青い瞳、色白の肌にすらりとした手足を持った、女性と間違えそうなくらい中性的な顔立ちをしている画家のロビンさんだ。だけど、あれ、え……?!


 僕の戸惑いをよそに、ロビンさんはカウチ傍のテーブルへ近付くと重そうな紙袋をドサドサと置いて、ホームズさんを振り返った。


「こんなところで昔語りを始めちゃうのかい。マフィン君には酷だと思うよ」

「黙れ吸血鬼。誰が今話すと言った」

「あーこの狼男は全く。噛みつくばかりで手に負えない」


 ロビンさんは「普通の会話は出来ないのかね」と言いながら、やれやれと首をふる。

 それから僕に目を留めて「Good morning, Mr Muffin! And Happy Halloween!」と声をかけてくれたのだけど、僕は「僕の名前はマフィーです」と言うことも「おはようございます、ハッピー・ハロウィン!」と挨拶することも、すっかり忘れていた。


 何故なら、僕は釘付けになっていたからだ。


 暖炉の炎を映して怪しく光るベルベットの黒マント。つばの反りの美しいシルクハット。艶っぽいタキシードに、クラウン型のカフリンクス。薄く細くしなやかな白手袋。銀のライオンの彫刻が付いたステッキ……いっそロマンティックなまでに完璧な、吸血鬼姿のロビンさんに。





「おーい、マフィン君」ロビンさんは手袋を取ると、それを僕の目の前で勢いよくふる。

「返事がないよー、どうしたの」

「あ……いや、ロビンさんが凄いなと思って。格好良いと言うか……似合い過ぎです」


 僕は目をぱちぱち瞬いてみる。これ、夢じゃないよね。元々綺麗な人だからっていうのもあるんだろうけど、この派手な衣装をこんなにも違和感なく着こなせる人って、ロビンさん以外にいないんじゃないだろうか。凄みすら感じて、背筋が薄ら寒くなる。


「褒めてくれてありがとう」とロビンさんは青い目を細めた。

「僕は昔から吸血鬼が出て来る小説が好きでね……。今年は珍しいくらいゆっくり過ごせるし、せっかくだからこういう格好をして、はしゃいでみようかなって思ったんだ」

「いい年して、阿呆か」ホームズさんはカボチャをくりぬきながら笑い出した。

「人生を楽しんでるって言って欲しいね。実際、君だってカボチャと戯れてるし、君が好きなニホンの街も、ハロウィンはコスプレーヤー?でにぎわうんだろう。興奮しすぎてトラックをひっくり返したり、新幹線を燃やして人に切りつけたりしてるって聞くよ」

「ひ、人に切りつける……?」


 怖い! 治安が悪すぎるだろ!


「はしゃぎすぎにもほどがあるよねえ」ロビンさんは笑いながらダイニングへ行き、紅茶のポットを持って来た。

「頭がおかしい人っているんですね……」僕は呆れてため息をつく。

「そうだね」ロビンさんはうんうんと頷いた。

「ただ新幹線の件の犯人については、生まれつき頭がおかしいのか、頭がおかしいっていう設定なのか、僕としては気になるけれど」

「設定? どういうことですか?」

「その事件はヤラセかも知れないってことだ」


 ホームズさんは完成したハロウィンカボチャをぽんと放り投げて、次のカボチャを手に取った。


「列車内のカメラには、『事件あるところにこの人あり』と謳われるほど有名な——一部の人間たちの間ではという意味だが——クライシスアクターの宮本晴代《ミヤモトハルヨ》が映っていたらしい」

「ク、クライシスアクターって何ですか?」

「元々はね、救急隊員や消防隊員、警察官らの訓練のために、災害や事件の被害者役で参加する俳優やボランティアを指す言葉だよ」


 そう言いながら、ロビンさんは僕に紅茶を注いでくれる。

 ちょうど喉が乾いていたので助かった。僕はお礼を言ってから、一口飲んでみる。だけど話が気になって味が分からなかった。アールグレイな香りはするんだけども。それで結局カップを皿に戻して、質問の続きをした。


「えっと、それがどうかしたんですか?」

「ああ、彼らは|現実《リアル》を演じる役者だからね。メイクなんかも本当にそれらしくやる。使いようによっちゃあ——例えば街頭インタビューの「一般市民の声」を届ける役をやったり、大事件に巻き込まれた「被害者の声」をやったり——世論を誘導することも出来るってことだよ」

「世論を誘導する?」僕は首を傾げた。

「僕にはよく分からないんですけども。どういう風にやるんですか?」

「やれやれ」ホームズさんは僕を呆れたと言った目で見た。

「例えばお前さんが、『最近の女性はどんな服装の男が好みなのだろう』と考えていたとする。理由はそうだな、モテたいからとしておこう。その時、TVが『イマドキ女子は、カジュアルな服装の人より、ビシッとスーツを着こなしている人が好きです』と言っていたらどうする」

「それにちょうどその時、街の店ではスーツが軒並み安くなるキャンペーンをやっているとしたら」

「……えっと……買う買わないは別にしても、影響はされると思います、はい」


 一応気にすると思うな。買おうと思えば買えるっていう状況まで用意されていたらね……。僕にはスーツなんて似合わないだろうから、きっと止めると思うけど。


「では、二つ目の例に移る。もしも何処かの学校で、イカれた人間による銃の乱射事件が起きたらどうだ。大勢の子供がそれで死んだと知ったら」

「TVではその子らの両親が『銃なんてなかったら良かったのに!』『イカれた奴を治す薬はなかったのか?!』と叫んでいたとしたら」

「ぼ、僕もそう思うと思います」

「それだ。それで銃の規制は厳しくなり、病院は患者に薬を多く出すようになる」

「それって良いことですよね?」

「そうかなあ、全て良いとは限らないと思うよ」ロビンさんは首をかしげた。

「そもそも銃は自分の身を守るために所持しているものだからね。それを取り上げられるって言うのは、いざという時に——強盗や殺人鬼や軍の人間に襲われた時に、抵抗出来なくなるってことだよ。特に欧米じゃ、『抵抗権』っていう『アメリカ合衆国人民により信託された政府による権力の不当な行使に対して人民が抵抗する権利』があるからね、大打撃も良いところさ。武器を奪われていたら、抵抗したい時にも抵抗出来ないだろう?」

「それは、確かに」

「薬についても同じことが言える」


 ホームズさんはまたカボチャを床に投げてナイフを畳み、懐から煙草を取り出して火をつけた。


「そもそも薬は『人体の免疫活動を助長するためのもの』として誕生したはずだ。それがいつから『人体・精神の活動をコントロールするもの』になったんだ?

数錠だけ、調子を落としたその一週間だけ、そういうことならまだいい。だが、副作用の出る可能性もあるものを毎日十錠二十錠と一度に飲み合わせる場合はどうなんだ? 医者は『胃が荒れるでしょうから胃薬も用意しました』と言う以外特に何も説明しないが、どうなんだ。本当に安全なのか? それだけの薬を必要としなくなる日は本当に来るのか?」

「えー……」


 僕は困って頭をかいた。ことは思ったよりも複雑で、「良い悪い」を簡単に判断することは出来ないみたいだ。

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