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【7】Oh! Crazy Halloween!




◆医者が先か、祈りが先か


「おい、すぐに隠すぞ」とシャーロックが小声で囁いた。

「いや、もう間に合わないよ」ロビンは首を振った。

「仕方がないから、マフィン君はたった今、心臓発作か何か僕らの知らない大変な病気の発作で倒れたことにしよう。それで『今から知り合いの医者の家に連れて行きます』とか上手いこと説明するんだ」

「お前にしては良いアイディアだな」シャーロックは感心して頷いた。

「そうだろう? ユウミさんは天国から降りて来た天使の如く純粋で天然な人だから、きっと納得するはずだ。だけど、それだけに『お見舞いに行きますわ』とか言い出しかねないな。何か良いストーリーラインはない?」

「ハリーはその医者の必死の手当で一命を取り留めたものの、意識を取り戻した時には頭がイカれていて、意味不明語を叫ぶばかりになっていた。しかも彼はその日の内に医者の家から逃亡し、行方不明になってしまう。どれだけ探しても無駄だった。彼の消息を聞くことはその後二度となかった」

「おお」ロビンは唸る。

「そのプロットを元に小説を書いて、何処かの出版社の新人賞に応募してみたら? 凄くいいと思うよそれ」

「そうだろう。『死んだ』とか『旅に出た』とか言うとボロが出やすくなるが、『行方不明になった』と言うと、『何故だか分からない』『どうにも分からない』で決着をつけることが出来る」

「意外によくあることだしね。返って現実的だ。じゃあ、シャーロック。マフィン君の足を持ってくれるかな?」


 ロビンのおだてに気を良くしたシャーロックは、珍しく素直に協力する。二人は急いでダイニングの扉を開け放つと、それぞれ意識のないリーハの両肩を支え両足を持ち、空中で大きく左右に振った。ちょうど振り子の要領で。


「いいかい、合図をしたらダイニングの方へ投げるよ」

「よし。発作を起こして椅子から落ちたことにするか」

「そうしよう。それじゃ、一、二の、三!」


 ドン! ガラガラダンッ!!

 狙い誤らず、リーハの体はダイニングの方へすっ飛んで行き、テーブル脇に並んだ椅子の一つに衝突してから転がった。衝撃で椅子はテーブルから離れてリーハの側に倒れ、まさにシャーロックたちの目論み通りの状況が成立したのである。


「よし」

「上手く行ったね」


 満足顔で頷き、ダイニングの扉を閉める二人。

 その時、いつものように美しい金髪を靡かせながら、「下宿の天使」と噂の大家のユウミが居間へ入って来た。



「ホームズさん、ロビンさん、おはようございます!」


 シャーロックたちは一時返事をしなかった。ひだの少ない柔らかな生地のワンピースを着ているが故に一歩進むごとによく見えてしまう、しなやかなユウミの腰の曲線に釘付けになっていたからだ。と言うのもこの二人、リーハと同じようにユウミにぞっこんなのである。


「あの、お二人とも……」


 ユウミは不安気な顔でシャーロックたちの目の前に立ち、別れの挨拶をする時のように両手を振った。


「お加減が悪いのですか?」


 二人は我に返り、「あ、すみませんユウミさん。おはようございます」と辞儀をする。


「僕らは何ともありません。大丈夫ですよ」

「ああ、良かったです! でも、あの、今凄い音がしませんでした?」


 ユウミはダイニングの方を振り返った。


「そうですね……」とシャーロックとロビンは咳払いをする。

「そう言えば、ダイニングの方で大きな音がしましたね。物が落ちたような……ひょっとして、ハリーが何か落としたのか?」

「そうだね。でもおかしいな。物を落としたにしては、マフィン君は何も言わない。静か過ぎるよ」

「えっ、それじゃリーハさんに何か……何かあったのかも!!」


 途端にユウミは真っ青になり、ダイニングに駆け込んだ。そして瀕死のリーハを発見するなり、腕に掛けていた全ての荷物を取り落とした。あちこちに転がり出るニンジンやカボチャやジャガイモ……彼女はそれらにつまづきながら、リーハに近づき、へなへなと床に座り込んだ。


「大変大変大変……! 一体どうなさったのですか?!」


 ユウミは髪を振り乱し、緑色の瞳に涙をためながら、リーハを揺さぶった。シャーロックたちも、今まさにリーハの窮状に気がついたかのように慌てるふりをする。


「息はしてるけど、鼓動が弱い! あっ、止まった!」

「どうしたんだ? 一体何があった?!」

「発作じゃないかな! 今すぐどうにかしないと!」

「そんな!」とユウミは泣き叫んだ。

「ロビンさん、ホームズさん、教えてください! こういう時、私はどうしたら良いのでしょうか? お医者さんを呼ぶのが先ですか、それともお祈りをするのが先ですか?! 私、修道院暮らしが長かったせいで、普通の方々がこんな時にどうされているのかよく知らないんです!」

「医者に連れて行こう!」と言おうとしていたロビンたちも、これには驚いて声を呑んだ。


 いや、天然にもほどがある。

 こういう時も何も医者が先だろ。


 しかしよく考えてみると、リーハは既に死んだも同然なのであった。


「お祈りが先です」

「祈ってください、ユウミさん」

「はい、分かりました!」


 ユウミは絨毯の上に跪き、「主よ……」と天井を仰いだ。が、次の瞬間ロビンたちに向き直り、「思い出しました! こういう時は、人工呼吸に心臓マッサージをしなくてはいけないのですよね!?」と目を輝かせて叫んだ。


「離れてください、私が人工呼吸をします!!」


 シャーロックたちはおおいに慌てた。


「いけません!!」

「それはダメです、ユウミさん!!」


 そう、人工呼吸は「人命救助」という名の「キス」である。駄目だ。シャーロックもロビンも揃ってユウミに惚れているので、他人にそのチェリーのように瑞々しい唇を奪われるなどどうしても許せない。何が何でも阻止しなければ!

 ロビンはユウミの前に割り込むとリーハの体を乱暴にかかえ上げ、玄関へ向かって走った。


「今すぐ医者に連れて行きます!」


 その後をシャーロックが追った。

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