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【9】Oh! Crazy Halloween!




「何それ」


 ロビンの当然の質問を聞き過ごし、シャーロックは黙って草刈り機の紐を引いた。一度、二度、三度……かなり年季の入った機器なので六度目でようやくエンジンがかかった。ドゥルルルル……。不規則な振動をシャーロックの腕は直に捕らえる。


「ねえ、何それって聞いてるんだけど」


 ハナから答えるつもりもなかったが、一応体裁を繕って「草刈り機のエンジン音のせいで聞こえません」というふりをした。勢い良く回り始めた銀色のチャクラムのような刃をじっと見つめ、ロビンとリーハに背を向けて。ロビンはまだ何か言っていたが、刃の回転速度を上げたら本当にもう聞こえなくなった。シャーロックは溜め息を一つついてそれを振りかぶり、問題のトマト缶の上部を狙ってぶち当てた。


 ギュイイイインガリガリガリガッシャーーン!!


 金属と金属が擦れ合う嫌な音が辺りに響く。地面に半分埋まっていた缶は醜く裂け、土と虫をまき散らしながら吹っ飛んだ。それの軌跡を、転がって行く先を、シャーロックは目だけを動かして追う。

 

 そして、確信した。

 故に、次の動きへ出るのも早かった。

 ブゥーーン……凶暴な叫びを上げる草刈り機を振り回し、揺れるアカシアの影に潜む、時価三億のランボルギーニへ思い切りぶち当てるのも。


 自分の笑い声が大き過ぎて、束の間エンジン音さえ聞こえなかった。ただ目の前でランボルギーニのフロントガラスやサイドガラスが薄氷の如く砕け散り、霰の如く飛び散った。手鏡ほどの欠片が顔面に向かって来るのを頬スレスレに避けながら、シャーロックは狂気の笑みを絶やさない。更に刃を押し出して、ランボルギーニのハンドル部分を中のコードが見えるまで切り裂いた。閃光、煙もなんのその、目指せ大破、目指せ廃車! とにかく運転席の何もかもが原型を留めなくなるまでぶっ壊した。


 さて、あいつはどうしている?


 腰が砕けそうになるほど笑いながら、先ほどロビンがリーハを抱きながら立っていた車のリア部分を見返ると、果たせるかな、そこに人影はなく、ただアカシアの濃緑の葉が風にそよいでいるだけだった。

 シャーロックは息を止め、瞬時に背後を振り返る。だが、どこからともなく飛んで来たフランス人形に視界を塞がれた。通称マリー、電子系エンジニアとしての才もあるロビンが自らの相棒ポジションに据え置いた機械式の殺人人形である。


 

しかし、東にあっては龍となり西にあっては虎となる天下の殺し屋が、人形などに遅れを取るわけがない。


「シャアアアアアッ……!!」



 鋭利な鉤爪と牙を剥きだし悪魔の形相で襲いかかって来るそれを、シャーロックは慌てず騒がず草刈り機で真一文字に払った。同時に天まで届けとばかりに長脚を突き上げた。

 マリーは腹部から濁った血色の液を漏らしつつ、コンマ数秒で視認出来ぬほどの空の彼方に吹っ飛んだ。ちょうどアンパンの英雄に殴り飛ばされた悪玉菌のように星になった。


 だが次の瞬間、マリーが飛んで行ったのとは別の方向から、意識のないリーハが縦に回転しながら飛んで来た。はっと条件反射、シャーロックは危うく草刈り機の刃で受けそうになったが、すんでの所で回避した。


 紙のような顔色のリーハが駐車場を囲むちょっとした芝生の土手にどすんと着地しゴロゴロと転がって行くのを横目で見ながら、シャーロックは額に冷や汗が垂れ落ちるのをはっきり自覚した。


 何を投げてやがる、ロビンの馬鹿野郎……! 

 ハリーをバラバラにするつもりか?! 辺り一面血の海にするつもりか?! 

 おい、そうなったらユウミさんにどう言い訳するつもりだったんだ?! 

 

 だが、もし自分がロビンと同じ立場に置かれたなら、同じことをやるかも知れないと思った。いや、正直似たようなことをやった覚えはある。


 あれは四年前のイタリア、何かにつけて小賢しい攻撃を仕掛けて来る中小マフィアに業を煮やした義兄マイクロフトが「潰せ」とシャーロックに命じた夜、単身乗り込んだ先でシャーロックは銃弾が雨あられと降りそそぐ中を、すぐ側にいた敵を拘束し盾にすることで逃れたのだった。


 いやもっと思い出すと、まさに今のロビンのように敵前に死体を投げたこともあった。ざっと数えても十回以上はあった。何故か? それは敵を混乱させるため、視線を死体に誘導するため……

 シャーロックは静かに息を吐きながら再び振り返った。背後と言うにはあまりにも近く、影のように張り付いたロビンと目が合った。その手から銀色のナイフが飛んだ。

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